大阪の片隅にある大きなモニュメント。それは東日本大震災も再生と復興を願う象徴だった。

こんにちは。
浜松市の理容師 乗本和男です。

下の娘が大阪に行って4年間が過ぎ、4月にはいよいよ就職することになったんです。今までの生活拠点を離れるということは、辛いし色々な不安もあるだろうなって考えているんですよね。

大阪は酒好きおっちゃんの街

そんな娘が住んでいた大阪の街は、僕の大好きなことがいっぱいありました。アルコールを飲むのが好きな僕は、朝からビールを飲める店を探していたんですよね。なかなか朝から普通にビールを飲めるとこってないですもん。

そこで少しデーィープな地域に行ってみたいりしたんです。特に面白かったの西成でした。そんな深いところまでは行きませんでしたが「ここからは行かない方がいいよ」って言われたギリギリのところまでは行ってみたんです。

そこは西成でもまだましな方でしたが、朝9時くらいからオープンしているお店があり、そこに入って朝からカラオケをやっている住民?の方と一緒にアルコールを飲んでいたんですよね。

「青空カラオケ」

そして西成には昔「青空カラオケ?」みたいに、青空の下でカラオケを歌うのが楽しみな人が多かったんですよ。そんな人が「青空カラオケ」が禁止になってから、こう行った飲み屋で朝から歌っているんでしょうね。

そしてもう一つは一緒に飲んだ人の本当の名前は誰も知らないということです。飲み屋のママに聞くと「名前はあっても本当の名前かどうか分からんて言ってましたもん」ちょと訳ありの人がよそから来て居着いたんでしょうね。

他にも楽しみはいっぱいあったのですが、あまり大阪に来る理由がなくなると少し寂しくなります。そんな寂しい思いでいるんだけど、この4年間何度か来てみて今になり知ったことがあるんですよ。

「サン・チァイルド」は「東日本大震災」の復興のモニュメント

それは阪急電鉄の南茨木駅の前のロータリーにあるモニュメントのことなんですよねー。娘が大阪に引っ越して来てから気にはしてたんですが、ただ前を通るたびに「これは何のために作ってあるんだろうな?」っていつも思っていたんです。

そしてそれでも何だろうなってこの前大阪に行った時に調べたんですよ。そしたらこれは「東日本大震災」から、再生と復興していく人々の心に大きな夢と勇気と希望を与えるモニュメントだったんです。

名前は「サン・チャイルド」というんです。地元出身の芸術家が作ったみたいなんですよ。大阪は阪神大震災を経験して、こういったモニュメントを作り「東日本大震災」の復興を願っているんでしょうね。

4年経って初めて知って、何だろうなって思っていた胸のつかえが取れてスッキリした感じがしました。4月からはもう会えないかもしれない「サン・チャイルド」を、再来週最後の引っ越しの時に、もう一度会いに行きたいと思います。

 この記事の投稿者

乗本和男

浜松市の山奥にある佐久間町というところでフィフティーズな床屋 「ヘアーサロンノリモト」を営んでいます。フィフティーズ・ロカビリーが大好きで自然に囲まれながらロックな毎日を過ごしています。町の人に喜んでもらえる床屋を目指しています!
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