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若かった、30年前の懐かしい写真の思い出。
こんにちは。
浜松市佐久間町の理容師 乗本和男です。
昨晩、寝ようとしたら妻の陽子が「懐かしい写真が出て来たに」っと言って、ボクにその写真を渡したんです。そこには当時の愛車のビックホーをバックに、陽子と並んでポーズをとっている写真がありました。なんか昭和の感じが満載の写真ですが、当時のボクはペアールックで、イカしたカップルだと格好をつけているんですよね。それがなんとなく初々しくて可愛く見えたんです。
写真を撮った年月日を見ると、1990・7・17日 ってあるんです。きっと第3の連休の日に、会社のみんなで愛知県半田の内海に、遊びに行った時ではないかなって思います。1990年というとボクが22歳の時(9月で23歳)なんだよね。この日は一泊したのかな。次の年の6月に結婚式をあげたので、この時にはもう婚約をした後です。ですから付き合っていた時より、2人でよく遊びに行ったり、泊まりもよく行ったことを覚えています。
お互いに仕事柄なかなか休みが取れないんですよね。でも会いたいから、仕事が終わった後とか、居酒屋とかレストランに食事に行きました。ボクは床屋を5年間やっていたんですが、まだその時には修行ということが主流でして、まともな給料をもらえなかったんです。それでも車はほしいし乗りたいわけですよ。だって同級生の中には、当時300万はしたであろうソアラのツインターボを乗ってましたからね。床屋の修行時代は基本給が7万円で、最低賃金でした。そこから色々と引かれ、手取りが7千円なんて時もあったんです。
当時はタバコを吸っていたけどタバコも買えず、お客さんの残したシケモクを拾い、吸っていたモノでした。これは入社した当時の話で、それから少しずつ上がったのですが、一般の会社員のようにはもらえなかったんですよね。ですから陽子はボクと一緒に、あまり良いところに行った記憶がないんじゃないのかな。それにデート行くと、時々ボクの財布の中身が増えている時があったんです。それを陽子に聞くと「あまりにもお金がなくて可哀想だから」と、お金を入れてくれていたんです。
(今の方が楽しいかも)
そんな男とよく結婚して、浦川に来てくれたなって思います。まだ若かった2人、何にも怖いものがなかったですからね。お金がないのは別にして。ビックホーンは、床屋の国家試験の合格祝いに買ってもらいました。あまりにも給料が安すぎて「もうやめる」ってグズを言ってましたからね。国家試験をとったら、車を買ってくれるという約束をしたんです。維持するのも大変だったけどね。ちょっと話はそれましたが、この写真を見て、当時の思い出が頭の中に浮かんできました。本当に写真ていいですね。
この記事の投稿者
乗本和男