原田橋の崩落から4年が経ちました。

今でもあの衝撃は僕の頭の中に残っています。今から4年前の2015年の1月31日、僕が主催しているゴルフコンペの打ち上げをやろうと、みんなで会場に集まろうとしていたその時、一緒にゴルフの打ち上げに向かっていた友達の浜松市の職員のところに、緊急の連絡が入ったんです。「原田橋が崩落した」っていう連絡でした。

初め何を言っているのか分からなかったのですが、橋を支えていたロープのところの岩盤が崩れて、そのまま橋が天竜川に落ちてしまったんです。それから緊急の招集がかかって、今から旧役場に行かなくてはいけないって言ったんです。その人の管轄ではないと知っていたので「なぜ?」って聞いたら、原田橋の崩落で2人の職員が亡くなったという話だったんです。

 

まさか原田橋で死亡事故が起きてしまうなんて、もう先に会場に行っている人達と合流して、速報でニュースを見ていました。あの時の落ちた原田橋と、緊張感が漂う飲み会の会場の雰囲気は、なんとも言えない暗い雰囲気があったんです。この事故で亡くなった職員の方と、一緒に仕事をやっていた方の話を聞いて、お子さんがいたりお孫さんができて喜んでいたりと、そんな未来を楽しみにしていた人を、失ってしまい凄く辛く悲しかったです。

そして旧原田橋から下流に少しだけずらし、新しい橋をかける計画が始まりました。でもその場所は地元の人も反対をする、架けてもまた土砂などの、崩落がありそうだという場所だったんです。そしてもう少しで橋が架かるというその時に、悪夢は起こったんですよね。地元の人が言った通り、岩盤が崩れてしまい、また橋が崩落してしまったんです。その現場を見て、なんか凄く切なくなってきました。

川の対岸の距離が短い方が、予算が少なく済むという理由かどうかは分かりません。でももう少しだけ地元の声を聞いていてくれたら、この新しい橋の崩落事故は、なかったかもしれないんですよね。結局のところ、地元の人が言っていた場所に新しい橋を架けているんです。その橋が来年度で完成します。この場所に初めから架けていたら、もう橋は架かっていたでしょうね。今更愚痴を言ってもしょうがないのですが、これから出来上がる新しい原田橋が、佐久間町の生命線として活躍してくれるだろうと思います。


昨日で4年経ち、崩落から来年度の5年目で完成する、国道473号線原田橋が完成するのがとても楽しみです。

 この記事の投稿者

乗本和男

フィフティーズ、ロカビリーが大好きで自然に囲まれながらロックな毎日を過ごしています。町の人に喜んでもらえる床屋を目指しています!
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